執筆:有限会社ヴェルデ・トレーディング|技術監修:小柳 潤一(代表取締役)|公開日:2026年9月14日
グリースを補給した直後から軸受温度が上がる。潤滑剤を変更しても回転の重さが改善しない。その原因を考えるとき、グリースの銘柄や給脂量だけでなく、「内部のどこに保持され、運転中にどう動くか」まで見る必要があります。
2026年9月8日に成立したMinebeaMitsumiの米国特許US 12,729,718は、グリースが転動体に過度に巻き込まれることを抑える軸受構造を扱っています。今週はこの設計思想を取り上げ、既存設備のグリース評価にどのような確認項目を加えるべきかを解説します。[5]
この記事の内容
- 最新特許が着目した「グリースの置き場所」
- 「潤滑に必要な供給」と「過剰な攪拌」は別の現象
- 充填率は「何の空間に対する割合か」まで定義する
- 同じNLGI番号でも、同じ回転抵抗にはならない
- 評価を「初期・定常・再給脂後」に分ける
- トルク・電力・超音波は、それぞれ別の量を見ている
- 給脂後の悪化を、追加給脂だけで解決しない
- グリースの「製品選定」と「使い方」を一緒に評価する
1.最新特許が着目した「グリースの置き場所」
特許では、外輪軌道面の軸方向両側に凹部を設け、グリースを置く面、軌道面との間の隆起部、傾斜部を組み合わせています。背景にあるのは、長寿命化を意図してグリース量を増やした際、転動体への巻き込みによってモータトルクが増加し得るという問題です。[5]
注目点は、単にグリースを減らすのではなく、内部形状によって保持状態と巻き込みを制御しようとしていることです。ただし、これは特定の構造に関する特許開示です。一般軸受に共通する最適充填率や、特定グリースのトルク低減率を示したものではありません。9月8日は米国特許の成立日であり、技術の初公開日ではない点も区別が必要です。[5]
以下の「充填率・保持位置・流路」という評価軸は、特許と潤滑の基礎知識を踏まえた当社の実務提案です。既存軸受の追加加工や、メーカー指定を外れる構造変更を勧めるものではありません。
2.「潤滑に必要な供給」と「過剰な攪拌」は別の現象
SKFの技術解説では、初期充填・再給脂後にはグリースの攪拌による損失が発生し、運転に伴ってグリースが転動体の通過域外などへ移動する過程が説明されています。その後は、保持されたグリースからの油の供給などによって潤滑が維持されます。[6]
したがって、転動体がグリースの塊を繰り返し押しのける抵抗を抑えることと、接触部への潤滑剤の供給をなくすことは同じではありません。油膜を維持する供給まで不足すれば、別の損傷リスクが生じます。[6]
評価すべきなのは、初期の抵抗が小さいかどうかだけではなく、なじみ後の温度・トルクが安定し、その後も必要な潤滑が維持されるかです。「少ないほど低トルク」「多いほど長寿命」という一方向の判断は避けます。
実務での流路確認では、接触部への潤滑剤供給と、再給脂式設備での余剰グリースの排出経路を分けます。図面・メーカー手順に照らし、「どこへ供給し、どこに保持し、どこから排出する設計か」を記録します。排脂が見えないことだけで閉塞と断定せず、そもそも排脂を前提とする構造かを確認する、という点検を提案します。
3.充填率は「何の空間に対する割合か」まで定義する
「充填率30%」という記録だけでは条件を再現できません。軸受内部の自由空間に対する割合なのか、軸受を除いたハウジング空間に対する割合なのかで、対象になる量が変わるからです。
NSKの技術資料でも、軸受内部とハウジングの空間容積を区別し、グリース量が温度上昇やトルクに影響すること、構造や運転条件に応じて量を決める必要があることを説明しています。[7]
記録には、初期封入量または再給脂量の別、実測質量、対象となる自由空間、使用グリースを残します。容積比を算出する場合は、次の関係を用います。
充填率(%)= {グリース質量 ÷ 密度 ÷ 対象自由空間容積} × 100
質量をg、密度をg/cm³、自由空間容積をcm³とすれば、単位が揃います。ただし、この式は割合を求める式であり、適正値を決める式ではありません。自由空間が不明なら、推定の充填率を作るより、メーカー指定量と実測した給脂量を管理します。
また、「グリースガンを何回押したか」だけでは比較しにくいため、使用するガンの吐出量を秤量しておく方法を提案します。配管を介して給脂する場合は、ガンの吐出量と軸受へ到達する量・時刻を同一視しないことも必要です。
4.同じNLGI番号でも、同じ回転抵抗にはならない
NLGI番号はグリースの硬さ・稠度を表す分類で、基油粘度そのものではありません。同じNLGI 2でも、基油、増稠剤、添加剤や流動特性が同じとは限りません。JTEKTの技術資料でも、基油と増稠剤、稠度、用途に応じた選定を区別しています。[8]
当社では、NLGI番号や極圧性能だけで評価を完結させず、運転温度における基油粘度、せん断を受けた後の状態、油の供給性、材質・既存グリースとの適合性を確認項目に加えることを提案します。[6][8]
保持性を高める性質が、そのまま全条件で低トルクにつながるとは判断しません。OMEGAを含む候補製品も、対象軸受の回転数・荷重・温度と給脂方式を揃え、実機または適切な試験で評価することが前提です。
5.評価を「初期・定常・再給脂後」に分ける
グリースの巻き込みや攪拌を評価する場合、給脂前後の温度を1回ずつ測るだけでは不十分です。以下のように、時間経過と測定条件を揃えた評価を提案します。
比較では、軸受形式、すきま・予圧、シール、回転数、荷重、周囲温度などを可能な限り固定します。グリース銘柄と量を同時に変えると、どちらが結果に影響したのかが分からなくなるため、まず一つの要因ずつ確認します。
また、同じ軸受へ順次追加した試験は、すでに運転した時間や内部の残留状態の影響を受けます。精密な比較では、同等の試験体と再現可能な封入・なじみ条件を用意し、繰り返し測定でばらつきを確認します。初期トルクが下がっただけで、長寿命化まで証明したことにはなりません。
6.トルク・電力・超音波は、それぞれ別の量を見ている
一定回転中の損失トルクMと回転数nが分かれば、対応する損失動力は次式で算出できます。
損失動力P(W)= 2π × n(min⁻¹)× M(N·m)÷ 60
例えば、1,500 min⁻¹で損失トルクが0.10 N·m減れば、対応する機械的損失の低減は約15.7 Wです。これは説明用の計算例で、特許や当社製品の試験結果ではありません。
モータ入力電力には、軸受以外の機械損失やモータ・駆動装置の損失も含まれます。軸受単体のトルクを測れていない場合、設備全体の電力差をそのままグリースの攪拌損失差とは扱いません。比較する電力差が、測定器の不確かさや工程のばらつきより十分大きいかも確認します。
UE Systemsの超音波機器は、給脂前後のdBや傾向を記録し、状態に応じた給脂判断に利用できます。[9] ただし、dBはトルクや油膜厚さの直接測定値ではありません。本記事の評価では、同じ測定点・接触条件・設定と運転条件で比較し、温度や振動などと組み合わせて解釈します。
7.給脂後の悪化を、追加給脂だけで解決しない
再給脂できる設計の設備では、メーカー指定の銘柄・量・周期・手順を基本とし、超音波などの反応を補助情報として使います。運転中に観察する場合も、その設備で許可された安全な給脂・測定方法が前提です。
給脂後に音や温度が悪化し続ける、指定範囲の補給をしても改善しない場合は、「まだ不足している」と決めつけて追加し続けないことが重要です。給脂経路、残留グリース、負荷、シール、異物混入や軸受損傷などの確認へ切り替えます。音だけで過剰給脂と断定することも避けます。
これは当社提案の判断手順です。設備の警報・停止基準を優先し、封入済みで再給脂を前提としない軸受へ、独自判断で穴あけや注入を行わないでください。低トルクを狙って必要な潤滑量を減らす変更も、メーカーとの確認なしには実施しません。
8.グリースの「製品選定」と「使い方」を一緒に評価する
軸受の発熱や回転抵抗を改善するには、グリースの性能と、充填量・保持状態・供給経路を一体で考えることが大切です。交換する銘柄を先に決めるのではなく、何を変え、どの測定値で改善を確かめるかを先に決めます。
ヴェルデ・トレーディングでは、OMEGA潤滑剤の選定とUE Systemsの超音波診断を組み合わせ、設備条件に応じた評価をご提案します。ご相談時は、軸受型番、回転数、使用グリース、給脂量・周期、給脂・排脂構造、温度の推移をご用意ください。
技術上の注記:本記事の特許紹介は設計思想の解説であり、特許実施の可否、権利範囲、特定製品の適合や性能を保証するものではありません。個別設備への適用は、メーカー指示と実機条件を優先してください。
参考資料・出典
確認日:2026年9月14日。本文中の番号は下記の原資料に対応しています。新着の研究・特許と、既存の基礎技術資料を区別して掲載しています。
[5] MinebeaMitsumi「Rolling bearing」米国特許 US 12,729,718
米国特許成立:2026年9月8日。特許開示本文および履歴をJustia収録公報で確認。米国公開番号:20240318691。特許有効性・実施自由性の判断は行っていない。
[6] SKF「Grease lubrication mechanisms in rolling bearing systems」
2013年6月28日。初期攪拌、保持されたグリースからの供給、供給不足の機構に関する基礎技術解説。今週の新規研究ではない。
[7] NSK「テクニカルレポート」9.3 深溝玉軸受の空間容積とグリース封入量
CAT. No.728k、印刷ページ184~185。軸受・ハウジングの空間容積、封入量と温度上昇・トルクの関係を参照。
[8] JTEKT「潤滑剤|ベアリングの基礎知識」
グリースの基油・増稠剤、稠度、使用条件に応じた選定を参照。
[9] UE Systems「Ultraprobe 401: Digital Grease Caddy」
メーカー製品資料。給脂前後のdB、基準値、給脂データの記録・傾向管理の機能を参照。dBからトルクや油膜厚さを求めるものとしては紹介していない。

